人生を向上させる習慣
人生を向上させるための習慣について、より理解しやすい形で説明します。
結論: 自分の考えを言葉にして話すことは、問題解決能力を高め、結果として人生をより良い方向に導きます。
なぜ問題解決能力が重要なのか?
私たちの人生では、日々様々な問題に直面します。これらは人間関係や仕事など、多くの分野に及びます。問題解決能力が高いと、これらの問題をスムーズに乗り越え、人生をより快適に過ごすことができます。
考えを言葉にすることの効果は?
私たちは通常、頭の中で考えを完全に言語化することはありません。しかし、ある実験では、パズルを解く2つのグループを比較しました。一方は無言でパズルに取り組み、もう一方は解決策を話しながらパズルを解きました。結果、話しながら解決策を探るグループは、無言のグループに比べて3倍の速さで問題を解決しました。これは、考えを言葉にすることで、問題解決のプロセスが明確になり、効率が向上することを示しています。
この習慣を身につけることで、問題に直面した際に冷静かつ効果的に対処できるようになります。言葉にすることで、思考が整理され、より良い解決策が見つかりやすくなるのです。
1回の失敗が100回の失敗になる思考
反芻思考とは何か?
反芻思考は、同じネガティブな思考を頭の中で何度も繰り返すことを指します。
ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠陥・多動性障害)の方々に特に多く見られるこの現象は、最悪の場合、精神疾患を引き起こすリスクがあります。
なぜなら、マイナスの出来事や失敗を何度も思い返すことで、脳がそれを実際に何度も経験したと錯覚し、精神的なダメージを増幅させてしまうからです。
私の経験から
私自身も反芻思考に陥ることがあります。
私の場合、これは突然に起こり、記憶の範囲は数ヶ月前から10年以上前にまで及びます。
一度始まると、その思考から抜け出すのが非常に困難で、他のことを考えようとしても、すぐに元の反芻思考に戻ってしまいます。
そして、これらの記憶はたいていネガティブなもので、過去の失敗やその時の感情が再び蘇ります。特にASDの傾向がある場合、一般的ではない失敗を経験することが多く、そのような独特の失敗を思い出すことが多いのです。
影響は?
反芻思考は突然に始まり、そのネガティブな内容によって気分が落ち込んだり、他の重要なタスクが手につかなくなるなど、日常生活に大きな影響を及ぼします。
対策について
対策としては、インターネットで様々な方法が提案されていますが、私が最も効果的だと感じたのは、他の活動に集中することです。特に運動は、心身の健康を促進し、反芻思考からの脱出に役立つと実感しました。
失敗を報告する際のポイント
正確な情報を提供する
失敗に対処するには、正確な情報が不可欠です。誤った情報を提供すると、問題解決に悪影響を及ぼす可能性があります。
感情に流されず、事実に基づいた報告を心がけましょう。「大丈夫だと思います」や「上手くいくと思います」といった楽観的な見通しではなく、具体的な事実を伝えることが重要です。
責任を認め、言い訳を避ける
失敗を他人のせいにすることなく、自身の責任を認める姿勢が求められます。たとえ失敗が自分の責任でない場合でも、他責にすることは避け、問題解決に向けた積極的な態度を示しましょう。
周囲は状況を理解しており、問題解決に取り組むあなたの努力を評価するでしょう。
具体的な解決策を提案する
謝罪だけではなく、具体的な解決策を提示することが重要です。相手は「いつまでに何をどうするか」を知りたいと思っています。迅速かつ効果的な対応計画を提案することで、信頼を築き、問題を解決することができます。
これらのポイントを踏まえ、失敗に適切に対応することで、信頼と評価を高めることができます。失敗は避けられないものですが、その後の行動が重要です。正直で前向きな姿勢で臨むことが、最終的な成功につながります。
発達障害人にアウトプットが少ない理由
私は、コミュケーションと説明ににがて意識があります。
発達障害を持つ人々がコミュニケーションや説明を苦手とする理由について、独断と偏見で書いていきます。
コミュニケーションと説明力の重要性
コミュニケーションや説明力は、情報を伝えるために重要です。これらのスキルは、実践を通じて磨かれます。
アウトプットが少ない理由
多くの発達障害を持つ人々は、失敗を恐れる傾向があります。特に、ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠陥・多動性障害)を持つ人々は、失敗を繰り返すことが多いと感じ、それを長く引きずることがあります。また、他人の評価を過度に気にするため、新しいことに挑戦するのが難しくなります。
経験の少なさとアウトプットの関係
挑戦する機会が減ると、人との交流も限られ、経験が少なくなります。経験が少ないと、自然とアウトプットの機会も減少します。
このように、失敗への恐れや他人の評価への過度な配慮が、アウトプットの機会を減らす一因となっています。挑戦を避けることで、コミュニケーションや説明のスキルが発達する機会も失われてしまうのです。
ASD傾向の私が文章を書けない理由と対策
ASD傾向の私が文章を書けない理由と対策
私は文章を書くことが苦手です。
文章を書けない理由は、はっきりとわかっていません。
ASD傾向があるからなのか、学習障害の傾向で極端に文章だけ書けないのか。
昔から勉強は普通以上にできましたし、読書もしてきました。
しかし、文章を書くことは極端に苦手だったのです。
私は、文章をかけないことにとても不思議を感じていました。
「勉強ができないわけでも、話せないわけでもないのに」と。
特に、一から自分で文章を書くことがとても難しいのです。
自分の考えや読書感想文などが昔から大の苦手でした。
そのため、文章をかけるようになるために勉強をしている最中です。
まだまだ、文章を書けるようになったわけではありませんが、書けない理由を一つ見つけました。
今日はその一つをお話していきたいと思います。
結論から言うと、自問自答しながら文章を書けていないことです。
言い換えると、文章を書くための思考過程がわからないんです。
文章の勉強を始めた頃の話です。
よくある文章の書き方は、文章の組み立て方でした。
結論→理由→例→まとめ
のような文章の構成ばかりの内容がとても多いのです。
よしこれで文章が書けると思いましたが、なかなか文章が書けない。
書店に並んでいる本を何冊も読んでも書けない。
ここで気づいたのです。
あれ?文が書けないぞ。と。
文章を構成をする前の段階ができていないのです。
文の作り方がわからないことに気づいたのです。
そこで、文の作り方を調べ始めました。
ここでいうの作り方とは、文法のことではありません。
単純に一文のことを指しています。
昔から何を書いたらいいんだろうと堂々めぐりが始まって、フリーズしてしまうんです。
頭の中で文を書くための思考ができなかったので、文を書くための方法を探しました。
本やネット、SNSを読んだ結果、自問自答ができていないということでした。
文章を書くためにはかんがえることが大切です。
私は、考えているようで考えていなかったのです。
どんな問題を解いているのかわからないままに、問題を解こうとしている状態だったのです。
自分が考えた問いに対して、答えるようにして文章を書くことが大切だったのです。
次に方法を書いていきます。
方法として
5W1Hを意識する: 誰が(Who)、何を(What)、いつ(When)、どこで(Where)、なぜ(Why)、どのように(How)という視点で文を書きます。
感情や考えを反映させる: 5W1Hで書いた文に対して、自分が感じたことや考えたことを加えます。
事実と解釈を区別する: 書く内容を事実と自分の解釈に分けて考えます。
この3つを自問自答しながら、文を書くことによって、文がまったく書けなくなることが、少なくなると思います。
文ばかり書くと、内容がごちゃごちゃする可能性がありますが、それで良いのです。
後から、見返すときに整理をすれば良いので。
この段階で、ようやく文章の構成に入っていけるのです。
ここで、わかりやすい文章の構成を考えて、修正すればいいのです。
まずは、文をたくさん書くことが大切です。
私なりの文章をかけない理由と対策を書きました。
私も、まだ文章がうまく書けませんが、少しずつ書いていこうと思っています。
ASDは当てはまる?成長する人の4つの共通点
ASDは当てはまる?成長する人の4つの共通点
成長する人と成長しない人の共通点を書いていきます。
ASD傾向がある私はどちらに当てはまるかも書いていきます。
①素直で聞く耳を持っている
なぜなら、相手の意見を聞くことができるからです。
その分野で自分の実績があるなら、聞かなくてもいいかもしれません。
しかし、新卒や転職直後だと実績や経験がないため、自分の中の物差しがない状態です。
そんな状態では、自分の方法が良いかだめなのかわからないため、素直に人の話を聞く人の方が成長しやすいです。
しかし、自分の意見がないため、アドバイス内容をすべて受け入れてしまいます。
そうすると、君の意見や考えはないの?と言われることが多いです。
自分の方法に取り入れるということができません。
②とりあえずやってみる
頭が良い人ほど色々考えてしまって、何もできません。
しかし、色々とやってみないとわかりません。
悩む前にやってしまう方が、失敗したとしても自分の経験になり、次につながります。
③頭を使って手も使う
やりながら考える人は伸びます。
行動しながら考えて、実行→評価→修正→実行ができるひとが伸びやすいです。
大事なのは両方を並行して行うことです。
②と③を合わせて、ASD傾向がある私の場合を書いていきます。
とりあえずやってみることはできますが、そこから自分の方法を見直すことができません。
方法を見直そうとしますが、何がだめなのか?どこがだめなのか?が自分だけではわかりません。
誰かと話をしていると自然に気付くことができることができますが、基本は難しいです。
そして、人からアドバイスをもらっても①で書いたとおり、アドバイス内容で自分を塗りつぶしてしまいます。
④なんでも自分のせい
良い意味で自責にできる人は伸びます。
なぜなら、失敗に対しての解決策を考えることができるからです。
なんでも人のせいにしてしまうと、解決策を考える力が身に付きにくいです。
本当に人のせいだとしても、人のせいにしていても何の解決にはならないのです。
まずは、自責的に解決策を考えることが必要です。
これは、私に当てはまりません。
良い意味での自責はできません。
とりあえず自責なんだなと思っています。
これも何が間違っているのかを把握することが難しいためです。
今までの経験上、何か失敗や間違いが起こると、自分のせいである可能性があるため、何が悪いかがわかっていなくても、自責する傾向があります。
逆に、自分がまったく悪くないと思い込んでしまうと、自責に落とし込んで解決策を考えることができません。
以上まとめると、自己を見つめなおすことがとても難しいかもしれません。
ASD傾向と集団生活の課題
私はASD(自閉スペクトラム症)の傾向があり、小さい頃から集団での活動に適応するのが難しいと感じてきました。学校生活は何とか続けられましたが、学校や部活動への参加には抵抗がありました。これは単なる性格の問題だと思っていましたが、社会人になってから、自分と他者との違いをより深く意識するようになりました。
社会人になるまで自分のASD傾向に気づかなかったのは、学生時代は「ちょっと変わった面白い人」として受け入れられていたからです。しかし、職場では状況が異なります。空気を読めない発言は周囲を苛立たせ、会話のすれ違いは仕事のミスに直結します。
特に困難なのは、空気を読むことはできないものの、周囲の緊張感は敏感に感じ取ることができるため、徐々に職場の人々との関わりを避けたくなることです。交流がマイナスの影響しかもたらさないと感じるようになり、今もその克服には至っていません。ここでは、私なりの視点で集団生活の難しさについてお話しします。
コミュニケーションの壁
一つ目の理由は、コミュニケーションの難しさです。相手の言葉の背後にある意図を理解することができず、言葉通りの意味しか捉えられません。これにより、抽象的な指示を理解することが困難になります。その結果、周囲との連携が取れず、仕事の理解が深まらない、同じことを何度も尋ねる、評価が下がるという悪循環に陥ります。空気を読めない自分が周囲にどう映っているかを知ることは、さらに辛い経験です。
集団内での対応の難しさ
二つ目の理由は、集団の中で個々人への対応が難しいことです。私は、相手によって自分の振る舞いを変えることができません。話し方や内容を相手に合わせることもできず、苦手なタイプの人がいると、適切に対応することができません。そのため、多人数が関わる場では何を話せばいいのかわからず、沈黙してしまいます。人数が増えると対応が難しくなり、失言を恐れるあまり、ますます話すことができなくなります。
以上が、私が集団を好まない理由です。現在も解決策を見つけられずにいますが、良い方法があれば知りたいと思っています。